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Author:ブー子
ぶたさん大好きの
ちょっとくたびれた
働く主婦です。
風になった主人とは
年甲斐もなく
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20061028102526


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23回目の・・・・・

今日は23回目の結婚記念日でした。
主人の介護中の私は 心のどこかで この日までなんとか 笑っていてほしいと思っていました。
昨年7月に 病気がわかってから 1年2ヶ月。
今思うと ほんとうに速かった。
でも、主人は 5月の連休までは 風のように 何も無いように いつもの様子で暮らしていました。
しんどかったら、休めばいい、痛かったら お医者さんに言って薬を飲めばいいって 癌の悪さが強くなれば またきればいいさって感じで。
Uのときもそうだったけれど、いつも はらはらして、どたばたして、ぶつぶついって、めそめそ泣いているのはる、私だけなんです。

6月にはいると、さすがの主人もしんどそうでした。
いつもとは 痛みが違うといって 夜中に 病院にいってそのまま入院しました。
腸閉塞をおこしていたのです。
主人にとっては昨年から数えて4度目の手術でした。
そのほかに、開腹はしないまでも 胃の入り口が裂け、のどから管を入れて著理したことも2度ありますから、なんど、手術室に入ったことでしょう。
お医者さんも
「ご主人だから耐えてくれたのです。」
といっていました。
そこまでしても、彼はいつも笑顔でした。
いろんな看護婦さんからは
「ご主人には逆に 励まされ、元気をもらっています。」
と言われました。
「ご自分がどんなにつらいときでも、いつも人を気遣っている。」とも。
一度モルヒネのせいか、そこにいない人に話しかけたり、現実と夢の区別の付かないときがありました。
そのとき、ある看護婦さんから、
「ご主人には申し訳ないが このまま夢の中で暮らしてほしい。ご主人に笑顔でむかえられると、逆につらいです。」
といわれました。
けれど、主人はまた、いつもの主人にもどりました。
私は・・といえば、ずっと 白くて四角い部屋の中で ほとんど寝ている主人を見守りながら、いつ看護婦さんがくるか分からないので 泣くこともできず、一人でいるとつらくて、いらいらして、そんな主人に当たったりしたこともありました。
大馬鹿です。
ほんとうに、情けないです。

けれど、御通夜の日に 主人と私の友達がいってくれました。
(二人はおさななじみなので 友達たちは小・中学校のころから二人を見ていてくれました)
「ずっと、二人を見てて思うんだけど、
 あいつは そんなだめなところも含めて
 あなたのことが 好きだったんだと思うよ。」
「あなたが もっと優れた人だったら きっとあいつは
 あなたを えらばなかったんじゃないかな。」
「しっぱいしたり、ドジ踏んだりしてるのに、
 本人はすごくまじめに一生懸命で、
 そういうところが かわいいって いつかいってたよな。」

ごめんね。かっちゃん、そんなあなたの愛し方が理解できずにいました。
子供たちを見る目も そうだったんだなあ・・って
いまになって 分かります。
ほんとうに、私は だめなやつです。
だから、これからも、ずっと、見守ってて。
一人じゃ やっぱり、だめなんです

主人が亡くなりました

9月4日、主人が亡くなりました。

私の心にぽっかり空いた大きな穴は どう考えても埋めようが無いのですが、
今は 子供たちもまだまだ先の見えない状態なので
ぼちぼちですが しばらくは前に進むことだけを考えていこうと思います。

闘病中、一番苦しかったのは彼のはずなのに
「大丈夫、大丈夫。なるようになるんだから。」
といつも反対にわたしをはげましてくれました。
わたしは日々の不安を乗り越えるために
聖書を読み、親鸞や蓮如、五木さん、瀬戸内さんなど
本を読みあさりましたが
今思うと、私にとっての神は ずっとすぐ目の前にいたのです。

後ろを振り返らず、
見えない先は考えず、
ただ 今 できることだけを誠実にやりぬく。
彼のそんなシンプルな生き方が
今は とても 尊いものに思えます。

彼は私や子供たちに よく、こうも言っていました。
愚痴や不満は 何かと比べるから生まれてくるものだろう。
この世の中のどんなものでも それはそれ。これはこれ。
比べるという発想が ぼくにはわからない・・・と。

人前で歌うことはめったにありませんでしたが
河島さんの「時代遅れの~」が彼の十八番でした。
クラプトンとディープ・パープルとサイモン&ガーファンクルとウルフルズが大好きでした。
飛行機が好きで Uコンを作っているときは少年のような笑顔をしていました。

お互い子供たちにはなにも示すことができず、
何も残すこともできなかったけれど、
世の中って捨てたもんじゃなかった、
すばらしい友達や好きな仕事にめぐり合えたことは
それだけで最高の人生だったよな・・・って
主人とよく話したものです。

主人の大きな暖かい手に しばらくふれることはできなくなりましたが、
彼の声は確かに聞こえます。
彼の思いは確かに伝わってきます。
今度、彼に会うときには
「ずいぶん、成長したなあ!」ってほめてもらえるよう、生きていきたいと思います。

二人の赤い糸は いつのまにか いろんな荷物に埋もれて見えなくなっていましたが、
いまは、はっきり見えるようです。
主人も冗談で 
「この糸だけはもつれても、こんがらがっても、ひっぱっても 切れないんだ。しぶといなあ。」
といっていました。

夜こどもたちがそれぞれの部屋に入ったあと、
主人の遺影を見ていたら、私もはやく主人のそばにいきたいなとそればかり思ってしまいます。
おかしいけれど、日がたつごとにその想いは強くなります。
けれど、主人が心配するといけないので、
めそめそせず、主人の好きだった 
「元気で明るく、しっかりしてそうで実はとってもドジな私」を
無理をせず ぼちぼち 生きていなかくちゃ・・・と思います。
3人のこどもたちが それぞれ 主人のように
しっかり優しく愛してくれる伴侶をみつけるまでは。

「かっちゃん、それまで がんばるよ。いつも、私達を見守っててね。」
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