自由奔放で、センスが良くて、でもちっともおしつけがましくなく、人間の弱さやセンチメンタルな部分をなんだかとっても愛すべきものにして歌っちゃう・・・
そんな清志郎さんは、中学生のころから、どこか心の師でした。
「わかってもらえるさ」だったかな?
そのレコードを、ずっと町中探し歩いていた
制服姿の私を思い出しています。
泉谷さんがいっていました。
「どうだい。これっておもしろいだろ?」っていう顔しか思い出せない。って。
本当に素敵な人ですね。
「ぼくの好きな先生」のようになれたらなって、
この曲は、私の携帯の着メロなんです。
大好きな人が次々といっちゃうので、
わたしも次のドアを開けると気が楽しみになりました。
ただ、「08年2月に「完全復活祭」コンサートで熱唱した忌野清志郎さんだったが、病には勝てなかった」
・・っていう記事の「病に勝つ・・とか負ける」とかという表現、
あれはちがうな・・と思います。
そこに直面したことがない人が
軽い気持ちで書いているのでしょうか。
死は負けた結果でしょうか?
とんでもないです。
ヘレンケラーはいいました。
「死ぬってことは、次のお部屋に行くようなもの。
ただひとつ、ちがうのは、そこでは私は目が見えるのよ」って。
死ぬことと、別れることと
一緒に考えてはまちがいです。
やはり、別れはつらいです。