9月4日は主人の命日でした。
前の日の9月3日は 夕焼けがとてもきれいでした。
亡くなった日の前の日もそうでした。
主人は眠っていましたが、
わたしは、病室の窓からそれをずっとみてて、
起きたら主人にも見せてあげようと、写真を撮りました。

亡くなって、3年の月日が過ぎました。
白とブルーのお花のかわいいアレンジメントを
お仏壇にお供えしました。
若いころ、主人にねだって買って貰った
オープンハートのネックレスをして出勤しました。
3年たって、ずいぶん、落ち着いた自分がいます。
たぶん、主人が亡くなったことを
受け止めることができたのだろうと思います。
人が亡くなる・・ということについても
私なりの答えが見つかったような気もします。
実は、夏休みの間に、私は職場でとんでもないミスをしてしまったのです。
どうやって、責任をとろうかと、
いえ、責任のとりようがないくらいの大ミスです。
それを知った校長も真っ青になるほどのミスだったんです。
ところが、行く先々で私を待っていたのは
予想と全くかけ離れた反応でした。
どこへお詫びに行っても、
「かえって、ブー子先生を大変な目に合わせてしまって、申し訳なかった。」
などと、言われるのです。
そして、まったく関係のない方が、そのことを知って、
「このままでは、ブー子先生が夜も寝られないだろうから」
と、影で力を貸してくださっていたことも
後でわかりました。
本来なら、なんとプロ意識がないことか!と
非難をあびてもしかたのないことだったのです・・・・。
誰一人、私を非難しない、それどころか、あたたかい言葉をかけてくださる。
私は、その時、
たくさんの仏さまを見たような気がしました。
主人が亡くなってから、私は、確かに、静かに、周りを恨んでいました。
どうせ、人は一人だ・・・と思っていました。
どんなに、やさしい声をかけてくれたところで、それはうわべだけ。
他人のことを、心底、心配してくれる人なんていやしないんだ。
と、思っていました。
そう思っている私は、かえって身が軽かった。
人がそうなら、私もそうする・・・と考えていたからです。
「これは、ご主人が、3年たって、そろそろ、腰を上げなさいよ。
自分の生き方を見つめなおしなさいよ。といってるんじゃなにのかな。」
友達の一人が、そう言ってくれました。
私の中に、3年目の区切りをつけて
しっかり生きよう・・・・と 思っています。